1998年10月1日木曜日

企業にとっての情勢判断と情報

ピーター・ドラッカーによれば、今後の企業にとって最も重要な課題は「いかに外部情報を収集、分析し、それを経営戦略に組み込んでいくか」であるという(10月5日、日経新聞)。ビジネスが包含するリスクは、昔と較べ段違いに巨大化、複雑化していることを考えれば、企業経営にとってシステマティックな情報収集と分析、それにもとづく的確な情勢判断が、ますます重要になっていることはいうまでもない。問題は、どうやって企業体のなかに、こういった仕組みと風土をビルトインするかであるが、古今の情報収集分析の専門家が一致して重要と指摘している点を三つばかり紹介したい。

まず第一に、組織としての「複眼的」な情報分析が大切であるということ。経営判断は、基本的には所轄部門のいわゆる「ライン」情報にもとづき行われるのが通例であるが、ひとつの情報だけを判断の拠り所にするのではなく、常に別のチャンネルの情報も参考にすべきだということである。戦略重視の大英帝国においては、伝統的に、大使館経由の情報(「ライン」情報)に加え、MI6などの諜報機関のサイド情報が重要視されてきた。情報ルートが複数となると、当然それぞれの判断が食い違うことが起こるが、それが更に突っ込んだ議論を呼び起こし、判断の精度が高まる。情報は決して「一本化」してはならないのである。

第二の点は、公開されている文献情報の重視である。スパイ・ゾルゲの例は有名だが、昔から情報分析の専門家は、ほとんど公開情報をベースに情勢判断を行ってきた。「情報は足で稼げ」とは一面の真理ではあるが、それが文献情報の軽視につながるならば、とても危険な風潮と言わなければならない。

また「人間は自分の知識の範囲内においてのみ認識する」という臨床心理学の研究を信ずるならば、ストックとしての知識ベースを広げることが新たな情報を収集するためにも重要になってくる。情報の量が多くなると、どうしても複数の専門家による分業が必要になる。多数のワークステーションを並行稼働させることで超高速スーパーコンピューターなみの性能を出せるようになったように、チームプレーによる組織的な情報分析の技術を磨いて行かねばならない。

三つ目は「ビジネスの視点に立った」情報分析ということである。情報の値打ちとは、その情報がもたらしたアクションの大きさによって計られるという。一見なんでもない情報が戦いの帰趨に決定的な役割を果たした桶狭間の戦いの事例を見るまでもなく、結局どのような情報が経営判断にとって重要かを情報分析スタッフが十分知っていることが必要なのだ。その意味で、政治経済情勢の分析も、企業としてやる以上、ビジネスの実務経験者を中心にした情報分析体制で取り進めることが望ましいのである。

橋本尚幸